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東京地方裁判所 昭和27年(行)23号 判決

原告 原口哲馬 外二名

被告 東京都教育委員会

主文

被告が原告岡田国雄に対して昭和二十六年三月三十一日なした譴責処分は、これを取り消す。

原告原口哲馬及び同中本市蔵の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用中原告岡田と被告との間に生じた部分は被告の負担とし、原告原口及び同中本と被告との間に生じた部分は同原告らの平等負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判。

原告ら訴訟代理人は主文第一項及び被告が原告原口、中本に対して昭和二十六年三月三十一日なした譴責処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を、

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を各求めた。

第二、当事者の事実上の主張

一、原告ら訴訟代理人は請求原因として

(1)(イ)  原告原口は昭和二十五年八月三十一日以降東京都江戸川区立瑞江小学校に教諭としての職に就き、同二十六年二月二十六日宿直勤務中、午後七時十七分頃同校第五校舎より発火し同校舎一棟八十三坪が全焼した。

(ロ)  原告中本も右小学校の教諭であつて同二十六年三月五日宿直勤務中午後七時頃同校第二校舎より発火し同校舎一棟八十三坪が全焼した。

(ハ)  原告岡田は昭和二十五年六月三十日以降葛飾区立金町中学校の教諭であつて、同年十月五日宿直勤務中、午前五時過頃同校東南新校舎より発火し同校舎百五十坪が焼失した。

(2)  被告は教員の任免その他人事に関する事務を執行する権限を有する行政官庁であつて、教育委員会法第八十七条により当時区の教育委員会が設置されていなかつたので、同法第四十九条第五号に定める原告ら教員に対する懲戒権限を有していたところ、原告らが前記宿直勤務中いずれも勤務を懈怠したとの理由により、昭和二十六年三月三十一日附をもつて官吏懲戒令第三条に基き原告らを譴責処分に附し、その辞令及び処分説明書を原告原口、中本は同年五月十四日、原告岡田は同月十二日いずれも交付を受けた。

(3)  原告らは右処分に不服であつたので、教育公務員特例法第十五条(昭和二十六年六月改正前)に基きその準用する国家公務員法第九十条に則り同年六月八日被告に審査請求(昭和二十五年二月東京都教育委員会規則第三号教育公務員の意に反する不利益処分及び懲戒処分に関する審査手続規則第一条に定める三十日の審査請求期間内)をなしたが、行政事件訴訟特例法第二条に定める三箇月を経過しても審査の判定がなされないので、その判定を経ないで本訴に及んだ次第であるが、本訴繋属中の昭和二十九年十一月十九日被告は原告らに対する懲戒処分が適法かつ正当であると判定した。

(4)  しかしながら被告のなした前記(2)の懲戒処分は次の点において違法である。

(イ) 原告らは宿直勤務中勤務を懈怠したことはない。

(ロ) 原告らは教育公務員特例法により昭和二十四年一月十二日以降地方公務員の身分を有するものであるが、宿直(日直も)は公務員たる教諭の本来の任務ではない。即ち公法上の義務であることの法的根拠は何もない。

(ハ) 仮に原告らの宿直が公法上の義務であるとしても、その当時原告らの勤務には労働基準法の適用があつたのでこのような宿直は労働基準法第三十二条に違反する。

若し右宿直が同法施行規則第二十三条に基くものであるとしても、この規定は憲法第二十七条第二項に違反する。即ち同条は勤労条件に関する基準は法律で定めるとあるので、その法律である労働基準法以外の法例えば同法施行規則のような命令で定めることは憲法に違反すること明らかである。ところが同規則第二十三条は基準法に根拠のない無関係のものである。もつとも同法第四十一条第三号に根拠を有すると考えることができそうであるが、それは誤りである。

即ち同条同号は監視又は断続的労働が本来の業務である場合の規定であるので、教員のようにそのような業務を本来の職務としないものについては適用のないこと明らかであるばかりでなく、同条に根拠を有する施行規則の規定は同規則第三十四条であつて、第二十三条が無関係であることは同規則の規定自体に照しても明白である。

と述べた。

二、被告訴訟代理人は答弁として

原告ら主張の

(1)の(イ)、(ロ)、(ハ)、の事実

(2)、(3)、の事実

はいずれも認める。

(4)の事実中原告らが地方公務員の身分を有するものであつてその勤務につき労働基準法の適用を受けるものであつたことは認めるが、その余は認めない。

原告らには次に掲げる事由があつたので懲戒処分をなしたものであり、違法の点はない。

(一) 懲戒権の根拠と適用法令

被告は原告ら主張のとおり原告ら教諭に対して懲戒権限を有するものであるが、その適用法令は官吏懲戒令第二条、第三条である。その法令の関係は次のとおりである。

明治三十二年三月勅令第六三号文官懲戒令(翌四月十日施行)第二条は一、職務上の義務に違背し又は職務を怠りたるとき二、職務の内外を問わず官職上の威厳又は信用を失うべき所為ありたるとき、第三条は懲戒として一、免官、二、減俸、三、譴責と規定されている。同令は昭和二十一年四月一日勅令第一九三号で官吏懲戒令と改称されたが、昭和二十二年十月二十一日国家公務員法が制定され、同二十三年十二月三日同法第二附則第十二条によつて官吏懲戒令を廃止し即日施行された。しかし地方自治体の教員に対しては昭和二十六年八月十三日まで官吏懲戒令の適用があつたのである。元来公立学校の教員の身分については、昭和二十一年四月一日勅令第二一三号公立学校官制によつて中学校の教員は官吏となり同年六月二十一日勅令第三三四号公立学校官制中一部改正によつて国民学校の教員は官吏となり、次で、地方自治法(昭二二、四、一七、法六七)第一七二条、一七三条、昭和二二年政令第一九号、同法施行規程第一六条乃至第二二条ていずれも都道府県の吏員となつたが、地方自治法附則第五条第一項によつて普通地方公共団体の職員に関して規定する法律(地方公務員法)が定められるまで従前の都道府県の官吏に関する各相当規定が準用された。そして地方公務員法は昭和二十六年八月十三日から施行されたので同日まで従前の官吏懲戒令が準用されたのである。一方教育公務員特例法によつて教員は地方公務員たる身分を有するに至つたが、区の公立学校の教員については昭和二四年政令第六号特例法施行令第九条で公立学校の教員の懲戒については当該都道府県の吏員の例によると規定しているので、都道府県の吏員と同様に昭和二十六年八月十三日まで官吏懲戒令の適用を受けたわけである。

(二) 教諭の宿直義務

学校教育法第二十八条は小学校の校長は校務を掌り、所属職員を監督すると規定し、同法第四十条によつて中学校に準用されている。ここに校務というのは、学校の運営に必要な教員等の人的要素と校舎等の物的施設及び教育の実施の三要件に関しその任務を完遂するために要求される諸般の事務を指すものと解されるが、学校施設の管理上その防犯、防火対策を講ずべきであり、そのために日直、宿直に関する仕事を管掌するのである。

ところで教諭が宿直に当るべきことについては古くより明治四十二年十一月東京府訓令第三一号によつて小学校においてはその校の男子教員の任務である旨訓示され火元の警戒等に当つたのであるが、その後も同趣旨の訓令が発せられ、更に昭和十九年八月東京都訓令甲第一七二号をもつて東京都立学校においてはその校の職員をして当直をさせる旨命令し宿直者に対しては規定により宿直手当を支給していた。

学校教育法の施行によつて小、中学校は区の設置するところとなりまた東京都教育委員会の成立(昭和二三、一一、一)によつて学校職員の監督、施設の管理及び教育の実施権限は教育委員会の管掌に移されたので、区の教育委員会が昭和二十七年十一月一日成立するまでは都の教育委員会が右事項に関し小、中学校の校長を指揮監督した。

そして教育委員会は昭和二十四年中に都下の小中学校に文書をもつて学校職員が学校設備の防火防犯等の管理保全に当るべき旨の従前の訓令の有効である旨を確認し職務として宿直に従事すべき旨を命じたものであり、一方その宿直に当つた職員に対しては、これより前昭和二十三年三月東京都訓令甲第二三号「基準法等の施行に伴う東京都職員給与応急措置支給規程」によつて職員が所属長の命によりその所属庁において日直、宿直に従事したときには手当を支給する旨の定めに従い宿直手当を支給したのであるが次で昭和二十三年七月十四日法律第一三四号「学校教育法及び義務教育費国庫負担法の一部改正の件」で宿直手当の一部を国庫が負担することとなり同時に法律第一三五号「市町村立学校職員給与負担法」が制定されて教諭たる職員の日宿直に関する手当の一部を都道府県の負担と定めたので、これによつて宿直手当を支給したのである。

以上の根拠によつて校長は教諭に宿直を命じていたのであるから教諭の宿直勤務は職務上の義務であること明白である。そして宿直の任に当る教諭は一般的に要求される抽象的注意義務を負うものであつて、その個人の有する具体的注意能力を基準とすべきでなく、従つて個々人の尽した注意の程度では十分とはいえない。右の注意義務を怠るときは職務上の義務に違背し又は職務を怠つたものとして、前記官吏懲戒令に定める譴責の対象となるのである。

(三) 宿直勤務と基準法との関係

基準法第四十一条第三号は監視又は断続的労働に従事する者で使用者が行政官庁の許可を受けた者について同法の定める労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用を除外している。そして同号にいう監視又は断続的労働に従事する者とはそれらの労働を本来の業務とするものを指していることは勿論であるが、それに限らず他に本来の職務をもつているものをも含むと解するのが一般である。そして同法施行規則第二十三条は右規定の範囲内で所轄労働基準監督署長の許可を受ける様式を規定したものであるから、基準法第四十一条が第三十二条の例外を規定したことも、施行規則第二十三条が基準法第四十一条の施行に関する事項を規定したことも何等違憲の筋合はない。

右規定に基づき瑞江小学校長は昭和二十五年五月十四日金町中学校長は同年四月二十六日所属教員が宿直勤務に従事することについて所轄労働基準監督署長の許可を得たのである。

(四) 処分理由たる宿直義務懈怠

原告らは、所属校長より命ぜられた宿直勤務に従事中次のとおりその義務を怠つた。

(1) 原告原口の処分理由

同原告は原告主張のとおり宿直勤務に従事していたところ、

(イ) 発火の危険を未然に防止するため、校内各室は勿論周囲に至るまで異状の有無を点検すべき義務あるに拘らず昭和二十六年二月二十六日午後四時半頃第一回校内巡視した際第五寮校舎の発火場所である労務者(校庭の整地等のための)の休憩所と定められた部屋の昇降口を点検せず、次で第二回巡視を午後六時頃実施したが、その際新校舎から旧校舎に回り第一寮から第四寮まで巡視したに止まり焼失した第五寮校舎は不注意にも異状ないものと軽信し全然巡視点検せず引返してその任務を怠り、職員室にて西村徳義、松原旭両教諭と談話中同日午後七時過頃第五寮校舎からの発火を知つたが既に初期防火の時期を失していた。

当時学校火災頻発の折から宿直勤務者としては防火に特に意を用い校内巡視は念入りになすべきであるのに拘らず出火場所の点検を怠つたのは懈怠の責任重大といわなければならない。

(ロ) 同原告は宿直勤務者として出火と同時に自己の責任において即刻消防庁にその通報をなすべき重大な任務あるに拘らずこれを怠つたものである。

(2) 原告中本の処分理由

同原告は原告主張のとおり宿直勤務に従事していたところ、同校においては前記のとおり僅か一週間程前火災があつたので、宿直勤務者は発火の危険発生の防止に特に注意し、発火の際には災害を可能的最少限度に防止するため臨機の措置をとるべく、そのためには校内外の巡視点検を厳重にすべきは勿論火急の際には臨機の処置をとり得るため宿直室(少くとも校内)を離れるべきでないのに拘らず

(イ) 同日午後六時頃から約二十分間宿直代置員を置かず無断で学校敷地の北東約二十間の距離にある自宅に食事のため帰り、その間勤務の空白を生ぜさせてその任務を怠り

(ロ) 右食事の帰途第二回目の巡視をなすに当り同校第一寮と第二寮との間に自転車を置き、便所と校舎の間の廊下を第五寮まで行き、引き返して第二寮までもどり、同寮の廊下のみ往復し、そのまま自転車で校庭を通り本校玄関から宿直室に至つたもので、他の校舎本校、講堂、炊事室は全く巡視を省略してその任務を怠り

(ハ) 同日午後七時十分頃同校用務員坂井竹治の娘坂井てつ子が最初に第二寮の発火を知りこれを小使室の竹治に告げたので同室の向の宿直室にいた同原告はその発火を知つたのであるがこの場合宿直員は即刻自らの責任で消防署に連絡通報すべき責任あるのに拘らずこれを怠つたものであり、また他人が消防署に電話連絡しようとしているのを知つたとしても速にその連絡がなされたかどうかを確認すべきであるのに拘らずこれを怠つた。

(3) 原告岡田の処分理由

同原告は原告主張のとおり宿直勤務に従事したところ、当時は杉並、中野方面に学校火災が頻発していたので、宿直勤務者は火災の防止及びその対策に格段の注意を要請されていた折柄

(イ) 何時不測の事態が発生するかわからないので、火急の際には臨機の処置を誤らないようにするため、徒らに心身の疲労を増大させないよう特に留意すべき責務あるに拘らず同日午後六時頃から九時頃まで宿直室で同僚岩崎教諭と囲碁に、続いて十時頃から十二時頃まで将棋に耽り、徒らに甚しく心身を疲労させ、もつて前記の状況において特に要請される宿直勤務者たる義務に違反し

(ロ) その翌朝午前五時頃睡眠中附近住民に呼び起されて初めて同校の火災を知り起き出たときは既に火の手が挙つていたが、かかる際には学校所定の防火対策要領に従い即刻自己の責任において消防署に急速且確実に通報すべき責務あるのに拘らず他人から通報すべきことを注意されて初めてこれに気付き、かねてから連絡用として指示されていた校外の青木酒店にて電話するため同店に赴く途中無責任にも通りかかりの未知の通行人に確実に通報するかどうか不明のままに火災の通報を依頼し、しかもその通行人が果して通報したかどうかを確認せず、もつて宿直勤務者たる義務に違反したものである。

三、原告ら訴訟代理人は右二、の主張に対して

(一)の懲戒権限を認め本件につき官吏懲戒令の適用の違法性を主張するものではない。

(二)の事実中東京都教育委員会が昭和二十三年十一月一日区の教育委員会が昭和二十七年十一月一日いずれも成立したこと、及び原告らが学校から宿直手当の支給を受けたことは認めるがその余の事実は認めない。

(三)の末尾の事実たる各学校長が許可を得えた点は認める。

(四)の冒頭の事実は認める。

(四)(1)(イ)の事実中原告原口が宿直勤務中その主張の日の午後四時半頃第一回巡視を実施した際発火場所である労務者の休憩所の昇降口を点検しなかつたこと、同日午後六時頃第二回巡視を実施した際第五寮の内部を点検しなかつたこと及び西村、松原両教諭と談話中午後七時過頃発火を知つたことは認めるがその余の事実は認めない。

労務者の休憩所は第五寮校舎の一部を莚で区切り諸道具の置場としていて火気は全くなく内部は莚を釘でとめてあるため点検不可能であるので、これを点検しなかつたことは通常の宿直員の任務を怠つたことにならない。そして発火は放火であるので不可抗力というべきであり火災の発見が初期防火の時期を過ぎていたことをもつて問責さるべき理由はない。また第二回巡視の際は既に第一回巡視の実施によつて第五寮に火気のないことを確認して間もないことであり、第四寮からすぐ見えるところであつて異状のないことを確めたので、第五寮に至る廊下から引き返し第五寮の内部を点検しなくても任務懈怠とならない。

(四)(1)(ロ)事実中同原告が自ら消防庁に通報しなかつたことは認めるが、西村教諭が通報するというので同教諭に通報をまかせたのであつて、共同して通報したことに外ならない。元来宿直勤務者は火災発見の際には、これを消防署に通報するばかりでなく即刻初期防火処置、人命救助、重要物件の保護に当る等いずれも重要な事項を処理するため臨機の行動が要請されるので、その場の状況により通報を同僚教員に依頼し他の処置をとることは宿直勤務者として何等欠けるところあるわけはない。同原告は右の際通報を西村教諭に依頼し、松原教諭と共に火災現場に馳せつけたものであつて、自ら通報をしなかつたことをもつて宿直勤務を怠つたというのは誤りである。

(四)(2)(イ)事実中原告中本がその主張の日の午後六時頃宿直代置員を置かず何人にも告げないでその主張のような位置にある自宅に食事のため帰つたことは認める。

しかしながらその自宅は教員住宅であつて、学校から呼べば聞える距離であるから校内居住と実質上の差異はなく、夕食のための僅かな時間宿直室を離れても、宿直勤務に何等の支障はないので、任務を怠つたことにならない。

(四)(2)(ロ)事実中自宅から宿直室に至る途中同日午後六時二十分頃その主張の場所を巡視し第二寮から本校玄関を通つて宿直室に入つたこと及びその他の校舎講堂等の巡視をしなかつたことは認める。

しかしながら右巡視は正規なものでなく余分になしたものであるから巡視を怠つたことにならない。宿直者は慣例により四回即ち終業後日没前、やや暗くなつた頃、就寝前及び翌朝始業前の各一回巡視することになつているが、右巡視は第二回目としてなしたものではない。

次に発火した第二寮校舎は夜間小松川高等学校瑞江分校が使用していたのであつて、当夜は偶々生徒の送別会のため他の教室を使用し同校生徒百二十名位と五、六名の教員がいた。したがつて発火時刻である午後七時過頃は平素授業時間中であつて、その管理責任は同高校にあること当然であり、小学校の宿直員である同原告に管理責任のあるべきいわれはない。

(四)(2)(ハ)事実中その主張の頃同校用務員坂井竹治の娘坂井てつ子が発火を知り、これを竹治に告げたので、その向の宿直室にいた同原告がその発火を知つたこと、同原告が自ら火災の通報をしなかつたこと及び通報の確認をしなかつたことは認める。

しかし同原告が発火を知つたとき坂井てつ子が電話で火災の通報をしていたので、同原告は火災現場に馳せつけ、バケツで水をかける消火作業に従事し次で重要書類の搬出に当つたもので、宿直勤務者としての任務を怠つたことにならない。

(四)(3)(イ)の事実中原告岡田がその主張の日の午後六時から九時頃まで及び十時頃から十一時頃まで同僚岩崎教諭と囲碁と将棋をしたことは認めるが心身を疲労させたことはなくまた宿直勤務者が手持ち時間中宿直室で囲碁将棋をすることが任務を怠ることになるわけはない。

(四)(3)(ロ)の事実中その翌朝午前五時頃睡眠中附近住民に呼び起され初めて火災を知つたこと、他人から火災の通報をするよういわれたこと同校の連絡用として指定されていた校外の青木酒店にて電話をかけるため同店に赴く途中通りかゝりの未知の通行人に火災の通報を依頼し、同人に通報の完了したことを確めなかつたことは認める。

しかしながら同原告は起されると先づ火元を確かめるために現場附近に行つている間に同僚染谷教諭は用務員室から鍵を持ち出したのであるから、同原告が火災に対処するため用務員室に引き返す途中染谷教諭に会い同教諭から火災の通報をなすよういわれ校門を出るため鍵を渡されたからといつて、その間寸刻を争う時間を徒過したものでなく、また通報を忘却していたものでもないから任務を怠つたものではない。次で同原告は通報のため青木酒店に向つて走つている途上自転車に乗つた近隣の者が消防署に火災の通報をなすにつき先生は重要書類の搬出に当るよう申し向けられたので、自転車の人が同原告を見知り同校の先生であることと、火災通報の任務を遂行しようとするものであることを熟知し同原告に代つて通報するものと信じてこれに通報を依頼したのである。そして同原告は火災現場に引き返して延焼の防止、重要書類の搬出等に当つたのであるから任務懈怠といわれる理由はない。

と述べた。

四、被告訴訟代理人は

三、の原告ら訴訟代理人の主張に対して、

原告原口の部分について第五寮の労務者の休憩所が点検不可能であるとの主張は認めない。

発火原因は放火であると疑うに十分の理由がある。同原告が火災の通報を西村教諭に依頼したとの点は否認する。

原告中本の部分について、

一校舎を二ツ以上の学校が使用しているときにその使用学校ごとに各学校の教職員が宿直することにしていたこともあつたが、東京都教育局では一校舎にはその基本の学校の教職員が責任をもつて宿直すべき方針を定め、昭和二十四年五月七日教育長より教学発第一七七号をもつて都内各区出張所及び各都立学校長に対し日直宿直勤務者は従前通り一施設一名とし、一施設二名以上の分併設校、分校仮教室等の日直、宿直手当は都費支出しないことと示達した。従つて本件においても小松川高等学校がその分校として借用していても宿直の責任は同高校になく専ら瑞江小学校において教職員の担当と定め、右高校において宿直の任務を分担していなかつたのである。

次に同原告が発火の際に消火等の作業に従事したとの点は認めない。

と述べた。

第三、(証拠省略)

理由

原告ら訴訟代理人主張の

一、(1)、(イ)、(ロ)、(ハ)

一、(2)(3)、

の各事実は被告の認めるところである。

そして右争のない事実によれば、教育委員会は教育公務員特例法第十五条(昭和二六年六月改正前)により原告ら教員に対し懲戒権限を有したところ、被告は教育委員会法第八十七条により当時区の教育委員会が設置されていなかつたので、同法第四十九条第五号に定める原告ら教員に対する懲戒権を執行する権限を有していたものというべきであり、原告らの勤務について昭和二十一年四月一日勅令第一九三号官吏懲戒令の準用された法令の関係は被告訴訟代理人が懲戒権の根拠と適用法令の項において主張するとおりである。

よつて先づ宿直勤務が教諭たる身分に基く義務であるかどうかの点を判断する。

教育吏員は地方自治法(昭二二、四、一七、法六七、)第一七三条第四項により都道府県知事の命を受け教育を掌るものであつたが教育委員会法(昭二三、七、一五、法一七〇)の成立によつて、その指揮監督下に服することになり、同法第四十九条により、教育委員会は学校の管理権限を有しその事務を執行するものである。そして学校教育法第二十八条は小学校の校長は校務を掌り、所属職員を監督すると規定し、同法四十条によつて中学校に準用されているので、中、小学校長は教育委員会の指揮監督に服しその補助機関として校務につき所属職員を指揮監督する立場にあること明らかである。しかして右にいう校務とは学校の運営に必要な校舎等の物的施設、教員等の人的要素及び教育の実施の三つの事項につきその任務を完遂するために要求される諸般の事務を指すものと解すべきであるので、学校施設の管理上防犯防火対策を講ずべきは勿論でありそのために日直、宿直に関する事項を管掌するものというべきである。

ところで前記地方自治法第一七三条第四項、学校教育法第二十八条第四項によれば、教諭は教育を掌ることがその本来の任務であること明白であるが、証人大坪国益、中里喜一の証言によれば、終戦以前から教諭が日直、宿直勤務していたことにつき終戦後教員組合からその法的根拠を問題として取り上げられるようになり昭和二十三年頃東京都教育局は教員組合との業務協議会において教員の宿直は教員としての職務上の義務としてなさるべきものであるとの見解を表明すると共に昭和十九年東京都訓令をもつて都知事がその権限に基き宿直はその校の教職員をして当らせる旨の命令がなお有効であつて、これによつて教員の宿直は職務上の義務であることを明確にし、校長は知事の右命令に基いて宿直の割当をなすものであることを都内の区長及び各学校宛に指令したこと都教育委員会も昭和二十四年頃教員の宿直は職務上の義務である旨文書で明示したこと及びその頃学校火災が頻発したので昭和二十四年頃教育長から各学校長に対し口頭で宿直員の勤務を怠らないよう注意を喚起し且つその旨の通達を発したこと都教育委員長も昭和二十五年頃書面により同趣旨の注意をなしたことが認められるばかりでなく、一方昭和二十三年法律第一三四号「学校教育法及び義務教育費国庫負担法の一部改正の件」により宿直手当を含む教育費の一部を国庫が負担すると共に同年法律第一三五号市町村立学校職員給与負担法により職員の日直及び宿直に関する手当の一部は都道府県の負担とする旨定められたことから見ても宿直義務が教諭の職務上の義務であることを推認するに難くなく、そして本件の当時教諭の宿直に対して右法律に基く宿直手当の支給されたことは証人大坪国益の証言により認めることができ、原告らが本件宿直につき宿直手当の支給を受けたことは原告らの認めるところである。

成立に争のないろ甲第一号証の記載によれば、江戸川区長において昭和二十三年十月一日東京都教職員組合江戸川支部に対して教員が宿日直をなすべき法的根拠のないことを確認し、教員の宿直は職務上のものでなく単に自発的になすものであることを承認したように見えるけれども、同区長において宿直勤務命令を発令したり変更する権限はないといわなければならないので、同区長の前記組合江戸川支部に対する表明によつて宿直勤務の法的性質が左右されるものとも考えることはできない。したがつて右甲号証は前記認定の支障となすに足りないし他に右認定を妨ぐべき資料はない。してみれば原告らが所属校長の命により宿直勤務に従事したのは教諭としての職務上の義務といわなければならない。

次に原告ら教諭に宿直勤務を命じたことが違法であるかどうかの点を判断する。

原告らの勤務について労働基準法の適用あることは当事者間に争ないところである。

そして原告らは教諭として教育に当ることをその本務とするものであるから、その外の勤務たる宿直に従事することについて同法第四十一条第三号同法施行規則第二十三条の規定するところに従い瑞江小学校長は昭和二十五年五月十四日、金町中学校長は同年四月二十六日それぞれ所轄労働基準監督署長の許可を得たことは原告らの認めるところである。

原告ら訴訟代理人は本件宿直勤務は労働基準法第四十一条第三号に当らないし、また同法施行規則第二十三条は同法第四十一条第三号と無関係のものであつて同法第三十二条に違反し従つて憲法第二十七条第二項に違反すると主張する。

基準法第四十一条第三号は同法第三十二条の例外規定であるが、同号にいう監視に従事する者とは守衛、火の番などのように監視を本来の業務とする者、また断続的業務に従事する者とは踏切番のように手持時間を多く有する者を指し、その勤務を本来の任務とする者の規定であることは明らかであるけれども必ずしもこればかりに限定して解釈すべきでなく、これと異つた他の業務に従事することを本来の任務とする者で、これと附随的に監視又は断続的業務に従事する場合をも過度の労働に亘らないことを条件として包含規定する趣旨のものと解するのが相当である。

また同法第四十一条第三号に関する許可につき同法施行規則第三十四条の規定があるので、同規則第二十三条は同法第四十一条第三号と関係がないように見えないではない。しかしながら同法同号は前記のように本来の任務の外に断続的勤務に従事する場合をも含むと解すべきであるので、右規則第二十三条は同法同号の根拠に基くものというべきである。したがつて規則第二十三条は基準法第三十二条に違反し憲法第二十七条第二項に違反するとの主張は失当といわざるを得ない。

よつて進んで原告らについて、勤務懈怠の事実の有無を判断する。

一、原告原口について

同原告が被告主張の通り昭和二十六年二月二十六日瑞江小学校長の命により同校の宿直勤務に従事中同日午後四時半頃第一回の巡視を実施したが、発火場所である労務者の休憩所の昇降口を点検しなかつたこと次で同日午後六時頃第二回目の巡視を実施した際焼失建物である第五寮を点検しなかつたこと及び同原告が職員室で同僚西村、松原両教諭と談話中午後七時頃第五寮労務者の休憩所と定められたところから発火を知つたことは当事者間に争のないところである。

右事実によれば同原告の宿直勤務は同原告の教諭としての職務上の任務というべきところ、証人駒見由次郎の証言(一回)によれば同校長駒見由次郎は宿直勤務者に対して当時他校に火災頻発の折柄火災の防止に特に注意を喚起し巡視点検に際しては、これに留意するよう訓示していたことが認められるので、宿直勤務の者として巡視を実施する際には火災の発生の危険を除去するため、これを厳重になすべき職務上の注意義務を有するものといわなければならない。

ところが(イ)同原告が第一回巡視の際労務者の休憩所の昇降口を点検しなかつたのは火災防止のための巡視の任を尽したということができない。

もつとも巡視は火災予防等のために実施するのであるから、単に昇降口の外部を巡視すればこと足りるというわけではない。何となれば証人駒見由次郎(一回)の証言によればその頃労務者約二、三十名位が休憩所を利用し同所でタバコを喫う者もあつたことが認められるので、同所は全く火の気のないところではなかつたのであるし、また外来者に使用させている場所であることに思を致せば巡視者として同所は絶対に火の気がないと信ずるのは軽率といわなければならないからその内部の火気の有無を点検すべきは多言をまたない。してみれば同原告が昇降口附近に至り内部からの火災発生の危険の有無を点検しなかつたのは、たとい昇降口に仕切戸があつてその内部の状況を確実に点検することができなくても、外部から火気の有無を調査することが全く無意味であるといえないから、任務を怠らないものというのは当らない。

同原告は同寮の廊下の側と休憩所とは莚で遮断されていて内部の点検は不可能であると主張するけれども前記駒見証人の証言によれは莚のすき間から内部を点検することが不能でないと認め得るので右主張も理由がない。この認定に反する趣旨の証人古川菊次の証言は措信できない。

次に(ロ)同原告が同日午後六時頃第二回巡視を実施した際第五寮の内部を点検しなかつたことも宿直員としての任務を怠つたものというべきである。

当時宿直員の実施していた校舎の巡視に第五寮の廊下が含まれていたことは弁論の趣旨と検証の結果に照し明らかであるが、同原告代理人は第一回巡視の実施によつて第五寮に火気のないことを確認して間もないことであり第四寮からすぐ見えるところであつて異状のないことを確認したので、第五寮に至る廊下から引き返しても任務懈怠とならぬと主張するけれども、火災予防等のためには点検すべき現場に臨むことが必要であること勿論であるので、通常なすべき巡視を省略することはたとい第一回巡視によつて火気のないことを確認したとしても、時間の経過によつて予想外の状況の変化があり得るわけであるから(そのために巡視を重ねるのである)巡視の都度所定の経路を巡廻して点検を繰り返すべき任務を完遂したものということはできない。

被告訴訟代理人は同原告が職員室において西村、松原両教諭と談話中同日午後七時過頃第五寮校舎からの発火を知つたが既に初期防火の時を失していたことを任務懈怠として主張する。

なる程宿直員は盗難火災等不測の事態から学校施設校舎等の管理保全するため即時臨機の処置をとり得るため宿直室等適宜の場所に待機すべきであるけれども、職員室にいたことが即刻臨機の処置をとり得ない態勢にあることの主張立証のない本件では、これをもつて非難するに当らないし、また宿直員は成立に争のない乙第二号証によつて明らかなように校舎校具の保全、管理につき断続的勤務に従事するのであつて、巡視をしない間の手持時間にあつても火災防止、その早期発見等のため終始監視の任務を負うものということはできないしてみれば同原告が手持時間中職員室で談話し火災の早期発見の時期を失したことをもつて宿直員としての任務を懈怠したものと断定するのは当らない。

更に被告訴訟代理人は同原告は宿直勤務者として出火と同時に自己の責任において即刻消防庁にその通報をなすべき任務あるに拘らずこれを怠つたと主張する。

そして同原告がその際、右通報を自らしなかつたことは同原告の認めるところであるけれども証人西村徳義の証言によれば同原告、西村、松原ら教諭が職員室で右発火より同室から出た際西村教諭は同原告に火事の電話をする旨告げて小使室の方に走り、同原告は火災現場に向つたことが認められるので同原告と西村教諭との間に右のような事務分担の連絡がなされたものというべきである。

ところで宿直員が発火を知つたときはその通報のみでなく初期防火重要物件の保護、人命の危険の除去等早急に処置すべき事項に対し機宜に適した応変の行動をとるべきであつて、そのために、自己の処理するのと異らないものと期待できるときは他人にその事務を分担させることも適宜の処置というべきであるので、右の際火災の通報を西村教諭に分担させたことは任務に欠けるところありということはできない。

以上認定のとおり同原告は(イ)、(ロ)の点において宿直員としての勤務を怠つたのであるが、右は官史懲戒令第二条第一号の職務上の義務に違背し又は職務を怠つたときに該当する。

そして被告が同原告に対する行政監督権に基いて同令第三条に則り懲戒権を発動し最も軽い譴責処分に出たのは社会観念上著しく妥当を欠くものと考えることはできないから、その処分の取消を求める同原告の本訴請求は理由がないものといわざるを得ない。

二、原告中本について

同原告が昭和二十六年三月五日校長の命により宿直勤務に従事したところ、同日午後六時頃宿直代置員をおかず何人にも告げないで被告主張のような位置にある自宅に食事のため帰つたことは当事者間に争のないところである。

(イ)  宿直勤務者は火災、盗難等を防止して学校施設の保全管理の任に当るものであつて、その手持時間中であつても、これら災害の発生に際しては損害の拡大を防止するため臨機の措置をとり得る態勢にあることを必要とするので、そのために宿直員の定位置と定められた宿直室を正当の理由なく離れて校外に去り右の勤務態勢を崩すときは宿直勤務に欠けるところありといわなければならない。

もつとも具体的場合における宿直勤務の態様は監督者の明示の指示によるは勿論その職場における慣行に従うべきであると共にその職場の秩序に相応する健全な常識によつて定まるものと考えられるので、僅少の時間校外に出ることをもつて、すべて、勤務懈怠というのも当らないであらう。ところで本件において証人駒見由次郎の証言(二回)と成立に争のない乙は第二号証の記載によれば、右学校の校長駒見由次郎は宿直員たる教員でその当時夕食のため自宅に帰る者のあることを察知していたが宿直代置員(代直)を依頼しているものと考えて夕食のための帰宅を特に禁止していなかつたこと、教員の中には夕食を持参して学校で食事する者もあり宿直員たる教員が無断で夕食のため自宅に帰ることが許されていることの慣行はなかつたこと及び当日同原告は夕食のため二十分位自宅に帰つていたことが認められる。

右事実によれば同原告は夕食のため代直をおかず無断で自宅に帰ることの許される慣行のないのに拘らず二十分位学校を離れて宿直勤務に空白を生じさせたものであり且つ前記のようにその直前同校に火災の生じたことでもあり同校長から宿直勤務を厳重に実施するよう注意がなされていたのであるから、宿直勤務者としては周到の用意をもつて厳重にその勤務に服することが要請されていたものといわなければならない。

してみれば、たとい同原告の自宅が学校の校舎と二十間位の近距離の地点にあつても代直を置かないで約二十分位前記の勤務態勢を崩したことは、その職場における勤務常識に照し許されたと行動というに足りないから、任務を怠つたものといわれてもやむを得ないであろう。

(ロ)  同原告が右夕食を終り自宅から宿直室に至る途中同日午後六時二十分頃被告主張の場所を巡視し第二寮から本校玄関を通つて宿直室に入りその他の校舎、講堂の巡視をしなかつたことは当事者間に争がない。

そして証人駒見由次郎の証言(一、二回)によれば、当時同校における宿直勤務者は慣行上巡視を終業後、日没前、やゝ暗くなつた頃、就寝前及び翌朝始業前各一回合計四回実施していたこと及び同原告は当日の宿直日誌に火災発生まで二回巡視した旨記載して校長に報告したことが認められるので、火災までその他に巡視を実施した旨の主張立証のない本件では同日午後六時二十分頃なした右巡視は慣行上の第二回目の巡視に該当するものといわなければならない。してみればその際慣行上なすべき巡視を省略してしなかつたことは任務を怠るものであることは明らかである。そして慣行上なすべき巡視の経路は成立に争のない乙は第三号証の一、二、同は第四号証の記載によれば、右第四号証の赤線で示されたものであり同原告の実施した巡視の経路は同号証の青線で示されているものであることが認められるのでその巡視を省略した部分について任務懈怠があるわけである。

同原告代理人は発火した第二寮校舎はその当時小松川高校瑞江分校が夜間授業のため使用中であつて、その管理責任は同高校にあり従つて瑞江小学校の宿直員においてその管理責任はないと主張するけれども、他校の使用の一事によつて当然に本来の管理責任が消滅するいわれはないし、その他同小学校の管理責任の消滅した事実を認むべき証拠はない。のみならずそもそも同原告の前記任務懈怠は第二寮校舎の管理責任の有無及び発火と何等関係のないことは被告の主張と前認定の事実に照し明らかであるので右主張は理由がない。

次に被告は同原告は右火災の際自己の責任において火災の通報をなさず且つ他人が電話しているのを知つたとしてもその連絡が確実になされたかどうかを確認すべき義務を怠つたと主張する。

しかしながら同原告本人の供述と証人坂井てつ子の証言を総合すれば、小松川高校瑞江分校勤務の用務員坂井てつ子(瑞江小学校の用務員坂井竹治の娘で同校用務員室に居住)が右発火を知り火事だと叫びながら火災の通報の電話をかけるため用務員室にかけてきた際その向の宿直室にいた同原告は火事の声に驚いてその部屋からとび出たところ、てつ子が電話しようとしていることを知りそのまま火災の現場に赴き消火作業に従事したこと及びてつ子はその直後火災の通報をなしたことが認められる。

右事実によれば宿直員としては、宿直室にいて火事の声を聞いても、その発火場所とか状況を知らないため、必ずしも直に消防署にその旨の通報をなす必要性の判断を下し得ないので先づ火災の状況を現認しようとするのが常識上当然の措置というべきであるから先に火災を発見したてつ子が火災の通知をしようとしているのを知つた以上自らこれをしなくても任務に欠けるものといえないし、消火作業に従事していたため冷静を失い、火災の通報がなされたかどうかを確認することを失念しても無理からぬところというべきであるから宿直勤務を懈怠したと断ずるに足りない。

右認定のとおり同原告は(イ)、(ロ)の点において勤務懈怠の責任を免れないのであるが、懲戒処分は公務員の勤務について秩序を保持し綱紀を粛正して公務員としての義務を全からしめる目的のもとに将来を戒しめるための行政監督権の発動であることから考えると勤務の空白時間の短いこと、学校に他の職員学生などが多数在校していた事情その他右認定の諸般の状況に照しこれに懲戒権を発動することはその妥当性に疑問がないではない。

しかしながら当時学校火災の頻発に鑑み被告が宿直勤務の厳正を要望する意図に出たこともやむを得ないというべきであるので、同原告に対する本件譴責処分も社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を逸脱したものと認めることはできない。(最高裁昭二九(オ)九七三号昭32・5・10判決参照)

よつて原告原口について述べたところを引用し原告中本の請求も失当として棄却を免れない。

三、原告岡田について

被告主張の事実摘示(四)、(3)、(イ)事実中

同原告が宿直室において同僚岩崎教諭と午後六時頃から九時頃まで囲碁を次いで同十時頃から十一時頃まで将棋をなしたことは同原告の認めるところである。

被告訴訟代理人は同原告はこれにより徒らに甚しく心身を疲労させ宿直勤務者たる義務に違反したと主張する。

なるほど宿直勤務者はその手持時間を自由に処分することは許されず、火災、盗難等非常の際に学校の校舎校具その他の施設の保全管理に遺憾のないよう、その損害の拡大を防止するため臨機の措置をとり得る態勢にあることが要請されるので、臨機の措置がとり得られない程に飲酒酩酊したり徒らに身体精神を疲労困憊させる行動をとることは、その任務を怠るものといわなければならないであらう。

しかしながら同原告が右の時間碁、将棋をなしたことをもつて前述のように臨機の措置がとり得られない程心身の疲労を生ずるものとは常識上考えられないところであり、同原告本人の供述に徴してもその際甚しく心身の疲労を生ぜさせたことを認めることはできない。

もつとも被告代理人はそのために心身を疲労させたが故に翌朝附近住民に呼び起される迄火災を知らなかつたり、火災の通報を失念して他人から注意されて始めて気付いたり、青木酒店に電話連絡するのに急を要するので自転車で走るべきを徒歩で行こうとしたりして機宜の措置をとることができなかつたという趣旨に主張する。

なる程冷静に考えると発火の際の右のような同原告の措置行動は多少機宜に適しない嫌がないではない。

しかしながら、通常の健康人であれば、午前五時頃熟睡しているのは当然であり、突然同時刻頃火災を知らされて起されたときは甚しく精神の平静を失う状態に陥ることは通常の事態というべきであつて、これを以つて殊更に前夜十一時頃まで囲碁、将棋に耽つたことと連結し因果の関係ありとする論には納得できない。

また囲碁将棋をしたこと自体をもつて宿直員が手持時間を誤用したものということもできない。

してみれば被告主張の右(イ)の点は宿直員として勤務に欠けるところありとなすに足りないといわざるを得ない。

次に事実摘示(四)(3)(ロ)の点を判断する。

同原告が翌朝午前五時頃睡眠中附近住民に呼び起されて初めて同校の火災を知り起き出たときは既に火の手が挙り初期防火の時期を過ぎていたことは同原告の認めるところである。

しかしながら宿直員が午前五時頃熟睡することは何等差支えないものというべきである。けだしその時間頃巡視の責任を有するものでないことは弁論の趣旨に照し明らかであり、その時刻頃手持時間を睡眠に過すのは通常の勤務態度と考うべきだからである。したがつて附近住民に火災を知らされ既に初期消火の時期を失していても勤務懈怠とならないことは、原告原口について述べたところと同一である。

次に原告岡田が同僚染谷から火災の通報をするように告げられたことは同原告の認めるところである。

しかしながら検証の結果と同原告本人の供述によれば、同原告は火災を知らされて起き出ると先づ火災の現場を確認するため表門附近に赴き、事態の重大を知つてこれに対処するため、とりあえず用務員室にある鍵置場に引き返したところ同所で染谷教諭から火災の通報をするよう告げられ直にその鍵で正門を開いてその通報のためかけ出したものでその間時間を空費したものでないことが認められる。

右事実によれば同原告が火災の通報に赴くまでに、これをなすべき任務を忘れていたものでもなく、また時間を空費したともいえないから、染谷教諭から通報に当るよう告げられたことをもつて任務を懈怠したものと断ずるに足りない。

最後に同原告が電話連絡のため青木酒店に赴く途中他人に火災の通報を依頼しその結果を確認しなかつたことは同原告の認めるところである。

しかしながら同原告本人の供述によれば、青木酒店に向つて走つている際後方から自転車に乗つた男から先生は重要書類を搬出しなさい。自分が火事の電話をかける旨申し向けられたので同原告は自転車の人が同原告を右学校の先生であることを知り火災通報の任を代つてする旨の申出に基きこれを依頼し、引き返して学校の校具の運び出し防火作業に従事したことを認めることができる。

右事実によれば宿直員として火災現場において対処すべき緊急の仕事があるため、火災の通報を同原告の地位と任務を知つている他人に依頼したことは、その場の状況に照しやむを得ない処置というべきであつて、これをもつて宿直員たる任務を怠つたものと考うべきではない。

次にその人が通報したかどうかの結果を確認しなかつた点について考察する。

宿直員に対して火災の際平常の冷静さを失わないことを期待することは社会通念に照し無理であるからそのため機宜の処置に多少欠けるところがあつても、やむを得ないというべきである。

ところで宿直員が火災の通報を未知の他人に依頼したときはその人が真実その通報を果したかどうかを確め得る方法を講ずべきであると考えるので、同原告がその際この点に思を致さずこれを確知できる措置に出なかつたことは任務に欠ける嫌なしとしない。

しかしながらこの程度の落ち度は非常事態のため冷静を失つた間のことであるので、やむを得ないものというべきである。なお証人張替幸一の証言によれば、火災の通報は火災発見後遅滞なくなされ消防車の到着も甚しく遅延しなかつたことが認められるので、同原告が予期通り通報がなされたものと信じて他の緊急の用務に専念していたため通報がなされたかどうかを確認する措置に出なかつたことを捉えて勤務懈怠の責任あるものというに足りない。

成立に争のない乙ほ第四号証の記載は右認定を左右するに足りない。

以上のとおり原告岡田については勤務懈怠を認むべきでないので、これと趣を異にする被告の譴責処分は違法であつて取消を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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